福祉の現場にいると、
「また呼ばれた…」
「さっきも同じ話をしたのに…」
「少し離れると、すぐに声をかけてくる」
そんな利用者さんに出会うことがあります。
職員の中には、つい心の中で、「かまってほしんだろうな」と思ってしまうこともあるかもしれません。もちろん、人に注目してほしい、誰かに構ってほしいという気持ちが行動のきっかけになっている場合もあります。
でも、ここで一度考えてみたいことがあります。
「かまってほしい」の、その先には何があるのでしょうか?
「かまってちゃん」で終わらせてしまうと、見えなくなるもの
例えば、何度も職員を呼ぶ利用者さんがいるとします。
「どうしました?」と聞いても、
「別に…」「ちょっと呼んだだけ」ということもある。
またしばらくすると、
「ねえ」「ちょっと聞いて」と呼ばれる。
これが何度も続けば、職員側も疲れてしまいます。
「さっきも聞いたよ」「今忙しいから、ちょっと待って」
と言いたくなるのも当然です。
しかし、その行動を単純に「かまってほしいだけ」と捉えてしまうと、本人が何を求めているのかを見落としてしまうことがあります。
もしかすると、
「誰かがそばにいると安心する」
「自分の存在を確認してほしい」
「一人でいることが不安」
「何をしていいのか分からない」
「職員と話すことが楽しみ」
「自分から人との関係を作るのが苦手」
そんな気持ちが隠れているかもしれません。
つまり、問題なのは「構ってほしい」という行動そのものではなく、なぜ、そこまで人とのつながりを求めているのかという部分なのかもしれません。
とはいえ、全部に付き合えばいいわけではない
ここは非常に大切です。
「本人が寂しいなら、ずっと相手をしてあげよう」という話ではありません。
職員にも仕事があります。他の利用者さんへの支援もあります。
一人の利用者さんに職員が付きっきりになれば、今度は別の利用者さんが困ってしまいます。さらに、「呼べばすぐに来てくれる」という経験が積み重なることで、呼ぶ行動がどんどん増えてしまうこともあります。
だからこそ必要なのは、無視することでも、何でも応えることでもなく、「適切な距離を作ること」です。
「今は無理」ではなく、「いつなら大丈夫?」を伝える
例えば、作業中に何度も話しかけてくる利用者さんがいたとします。
「今忙しから無理!」だけで終わってしまうと、本人は、「自分は相手にしてもらえない」と感じるかもしれません。
そこで、
「今は作業中だから、10分後に話を聞くね」
「今は〇〇さんの対応をしているから、終わったら声をかけるね」
と伝えてみる。
ポイントは、「ダメ」だけではなく、「いつならいいのか」を伝えること。
これは利用者さんにとって、とても分かりやすい支援になります。
「自分は無視されたわけではない」「待てば話を聞いてもらえる」
という見通しが持てるからです。
「構ってほしい」を悪いことにしない
そもそも、誰かに構ってほしいと思うことは、そんなに悪いことでしょうか。
私たちだって、
「今日こんなことがあった」
「ちょっと聞いてよ」
「誰かと話したい」
と思うことがあります。
嫌なことがあったとき、誰かに話を聞いてもらうだけで少し楽になることもあります。
利用者さんも同じです。
ただ、私たちと違って、「寂しい」「不安」「話を聞いてほしい」という気持ちを上手に言葉にできない場合があります。
その結果として、
「何度も呼ぶ」
「同じ話を繰り返す」
「職員の後をついてくる」
「用事がなくても話しかける」
といった行動として表れている可能性があります。
だから、「またかまってちゃんだ」と笑って終わらせるのではなく、「この行動で、何を伝えようとしているんだろう?」と一歩だけ考えてみる。それだけでも、支援の見え方は変わります。
ただし、「何でも受け止める」と「何でも許す」は違う
ここも支援者として大切なところです。利用者さんの気持ちを受け止めることと、すべての要求に応えることは同じではありません。
「話を聞いてほしい」という気持ちは受け止める。でも、
「他の利用者さんの邪魔をする」
「職員の仕事を何度も中断させる」
「特定の職員だけを独占しようとする」
といった行動については、必要に応じてルールや境界線を伝える。
気持ちは否定しない。でも、行動には適切な線引きをする。
このバランスが重要です。
「かまってちゃん」ではなく「つながりを求めている人」
支援の現場では、利用者さんの行動に名前をつけることがあります。
「こだわりが強い」
「問題行動がある」
「依存的」
「かまってほしがる」
もちろん、情報共有のために行動を整理することは必要です。
でも、その言葉だけで本人を見てしまうと危険です。
その行動の裏側には、
「安心したい」
「認めてほしい」
「誰かとつながっていたい」
「自分のことを気にしてほしい」
という、人としてとても自然な気持ちがあるかもしれません。
だからこそ、「かまってちゃんだから、どう対応するか」ではなく、「なぜ、この人はこれほどまでに人とのつながりを求めているのか」と考えてみる。その視点が、支援を少し変えてくれるのではないでしょうか。
最後に
「また呼ばれた」
「また同じ話だ」
「また構ってほしいのかな」
そう思う日があってもいいと思います。
支援する側だって人間です。
疲れることもあります。
イライラすることもあります。
だからこそ大切なのは、完璧に優しくすることではなく、「今、自分はこの人をどう見ているだろう?」と、ときどき立ちどまること。
「かまってちゃん」という一言の向こう側に、「誰かとつながっていたい」という気持ちが隠れているのかもしれません。そして、その気持ちに気づきながらも、必要な距離はきちんと保つ。
寄り添うことと、付きっきりになることは違う。
この絶妙な距離感を探していくことも、支援者の大切な仕事なのだと思います。

