説明書はどこにありますか?

説明書はどこにありますか?

福祉の仕事をしていると、ときどき思うことがあります。

「この人の説明書、どこかに置いてないかな…」

もちろん、そんなものはありません。
でも、もし利用者さん一人ひとりに「取扱説明書」があったら、支援はもっと楽になるのかもしれません。

例えば、

【Aさん取扱説明書】
・朝は機嫌が悪い場合があります。
・大きな声で話しかけると、さらに機嫌が悪くなります。
・「早くしてください」と言うと、動作速度が約50%低下します。
・好きな話題を出すと、突然よくしゃべります。
・「ダメです」と言うより「どうしましょうか?」のほうが動きやすくなります。
・褒めると、次の日まで機嫌が良い場合があります。

…あったら、めちゃくちゃ便利です。

「なるほど。今日はここに注意すればいいのね」と、誰でも同じように対応できます。

ところが、現実の人間にはそんな説明書がありません。
しかも、困ったことに、説明書がないどころか、仕様変更のお知らせもありません。

昨日はできていたことが、今日はできない。
昨日は怒らなかったことに、今日は怒る。
昨日は何も言わなかった言葉に、今日は強く反応する。

「昨日と違うじゃん!」と思ってしまうこともあります。

でも、よく考えてみると、それは利用者さんに限った話ではありません。
私たちだって同じです。

昨日は普通にできた仕事が、今日はなぜかうまくいかない。
昨日は笑えた冗談が、今日は妙に腹が立つ。
昨日なら気にならなかった一言が、今日はずっと頭に残る。

人間というのは、意外と「日替わり商品」なのかもしれません。

「この人はこういう人だから」が危険な理由
福祉の現場では、

「この人は怒りっぽい」
「この人は何を言っても聞かない」
「この人はこだわりが強い」
「この人は何度言っても分からない」

というように、人を一言で説明してしまうことがあります。

もちろん、これまでの経験から、その人の特徴を把握することは大切です。
ただ、ここには少し怖いところがあります。

一度、「この人はこういう人」と決めてしまうと、その人の行動を全部、そのイメージに当てはめてしまう可能性があるからです。

例えば、「怒りっぽい」と思っている人が怒った。
すると、「やっぱり怒った」となります。

でも、「なぜ今日は怒ったんだろう?」と考えてみると、そこには別の理由があるかもしれません。

眠かったのかもしれない。
体調が悪かったのかもしれない。
何か嫌なことがあったのかもしれない。
説明の仕方が合わなかったのかもしれない。

あるいは、単純に今日の機嫌が悪かっただけかもしれません。人間ですから。

「取扱注意」なのは利用者さんだけではない
ここで、もう一つ面白いことがあります。
もし利用者さんに「取扱説明書」が必要だとしたら、支援者にも必要なのではないでしょうか。

例えば、

【支援者B取扱説明書】
・忙しい時間帯は若干余裕がなくなります。
・空腹時は判断力が低下する可能性があります。
・「前にも言いましたよね?」という言葉を聞くと、心の中で小さくため息をつきます。
・褒められると意外と頑張ります。
・休憩を取らない状態が続くと、性能が著しく低下します。
・連勤が続くと、笑顔機能が一時停止する場合があります。

…。どうでしょう。
ちょっと笑ってしまいますが、実はこれ、かなり大事なことなのではないでしょうか。

支援者だって人間です。

疲れることもある。
イライラすることもある。
余裕がなくなることもある。

だからこそ、「なぜこの利用者さんはこうするんだろう?」と考えることも大切なのかもしれません。

人間には「再起動」が必要
パソコンやスマートフォンなら、調子が悪くなったら再起動します。

機械なら、「一度電源を切ってください」で解決することがあります。
でも、人間はそう簡単にはいきません。

「最近ちょっと疲れているので、一回起動します」と言って、その場で電源ボタンを押すわけにもいきません。

だからこそ、

休憩する。
一人になる。
好きな音楽を聴く。
美味しいものを食べる。
誰かと話す。
何もせずぼーっとする。

そういう時間が必要になります。

支援者が余裕を失えば、支援にも余裕がなくなります。
だから、自分自身の「取扱説明書」を知っておくことも、支援の一部なのではないでしょうか。

完璧な説明書なんて存在しない
結局のところ、人間には完全な取扱説明書なんてありません。
「この人はこうすれば必ずうまくいく」という方法もありません。
昨日うまくいった方法が、今日は通用しないこともあります。

だから支援は難しい。
そして、だからこそ面白い。

毎日同じように見えて、実は少しずつ違う。
同じ人でも、今日と明日では違う。
支援者自身も変わっていく。

そう考えると、福祉の仕事というのは、「人間という、説明書のない製品を扱う仕事」なのかもしれません。

ただし、製品と決定的に違うところがあります。
人間には、「故障」というものだけではなく、「成長」があります。

昨日できなかったことが、今日できるようになる。
今まで嫌だったことが、少しできるようになる。
誰かとの関係が、少しずつ変わっていく。

それを見ることができる。
だからこそ、私たちは「取扱説明書」を探すのではなく、目の前の人を観察しながら、一緒にその人の説明書を作っていく。

そんな支援があってもいいのではないでしょうか。

そして最後に。
もし自分自身にも取扱説明書を作るなら、一番最初のページには、こう書いておきたい。

「この人も、たまに調子が悪くなります。そんな日は、少し優しくしてください。」
…たぶん、利用者さんにも支援者にも必要な注意書きです。