育てる支援・奪う支援

育てる支援・奪う支援

障害福祉の現場では、「利用者さんのために」という気持ちで支援を行っています。
その思いはとても大切です。

しかし、その優しさが、知らないうちに本人の成長する機会を奪ってしまうことがあります。
その代表的な例が、「何でも代わりにやってしまう支援」です。

例えば、

洋服を着るのに時間があかるから職員が着せてしまう。
作業で少し手間取っているから最後まで職員がやってしまう。
本人が言葉に詰まる前に代わりに答えてしまう。

このような場面は、福祉の現場だけでなく家庭でもよく見られます。

もちろん、時間に余裕がなかったり、失敗させたくなかったりする気持ちはよく分かります。
本人が困っている姿を見ると、「手伝ってあげよう」と思うのは自然なことです。

しかし、そこで少し立ち止まって考えてみてください。
本人は本当にできなかったのでしょうか?

少し時間をかければできたかもしれません。
少しだけ声をかければ最後までやり切れたかもしれません。
挑戦する機会があれば、次はもっと上手にできたかもしれません。

支援とは、「代わりにやること」ではなく、「できるようになるための手助け」をすることです。

例えば、靴ひもを結ぶのが苦手な人がいたとします。
毎回職員が結んでしまえば、その場では早く終わります。
しかし、それを繰り返していると、本人は「自分ではできない」と思い込んでしまうことがあります。

一方で、

「ここまでは自分でやってみよう」
「難しいところだけ一緒にやろう」

と少しずつ支援することで、できることが増えていきます。
その積み重ねが自信につながり、「次もやってみよう」という気持ちを育てます。

これは仕事でも同じです。利用者さんが作業に時間をかけていても、完成だけを優先して職員が代わりにやってしまえば、その日は予定通り終わるかもしれません。
しかし、本人にとっては経験を積む機会が減ってしまいます。

最初は時間がかかっても、自分で考え、挑戦し、成功や失敗を経験することが、将来の力になります。
もちろん、安全に関わる場面や、本人の体調が悪いときなどは、職員が代わりに行う必要があります。

すべてを本人に任せればよいという話ではありません。
大切なのは、「どこまでなら本人ができるか」を見極めることです。

全部やるのではなく、全部任せるのでもない。
その人に合った“ちょうどいい支援”を考え続けることが、支援者に求められる役割ではないでしょうか。

私たちは、目の前の「できないこと」に目を向けがちです。
でも、本当に大切なのは、「どうすればできるようになるか」を一緒に考えることです。

支援は、本人の代わりに人生を歩くことではありません。
本人が自分の力で一歩ずつ前へ進めるように、そっと背中を押すこと。
それこそが、本当の支援なのだと私は思います。