「精神障害」と聞いて、みなさんはどんなことを思い浮かべるでしょうか。
病気?心の弱さ?気持ちの問題?それとも、「自分とは関係のないもの」でしょうか。
実は、精神障害については、知っているようで知らないことがたくさんあります。
そして何より難しいのは、精神障害は目に見えにくいということです。
骨折なら、ギプスをしていることで「今、身体が大変なんだ」と分かります。
車椅子を使っていれば、何らかの身体的なサポートが必要なのだと気づきやすいでしょう。
でも、心の状態は外から見ただけでは分かりません。
笑っている人が、本当に元気とは限りません。
仕事に行っている人が、何の問題もないとは限りません。
普通に会話している人が、心の中では必死に耐えていることだってあります。
では、精神障害とは一体何なのでしょうか。
精神障害は「心が弱い」ということではない
まず、一番伝えたいことがあります。
精神障害があることと、その人の心が弱いことは別の話です。
「もっと頑張ればいい」
「気にしなければいい」
「前向きになればいい」
そう簡単にはいかないからこそ、精神障害があります。
私たちの心や脳も、身体と同じように調子を崩すことがあります。
身体が疲れれば熱が出ることがあります。
怪我をすれば痛みます。
それと同じように、心や脳の状態が崩れることで、気分、考え方、行動、睡眠、食欲、人との関わり方などに影響が出ることがあります。
つまり、「気合で何とかするもの」ではなく、必要に応じて理解や支援が必要な状態と考えると分かりやすいかもしれません。
どんな状態があるの?
精神障害といっても、一つの状態だけではありません。
例えば、
気分が落ち込んでしまう。
何をしても楽しいと思えない。
強い不安を感じる。
人が怖くなってしまう。
眠れない。
逆に、眠りすぎてしまう。
頭の中で考えが止まらなくなる。
周囲の人には聞こえていない声が聞こえる。
現実とそうでないものの区別が難しくなる。
強いこだわりや不安によって、日常生活が難しくなる。
このように、現れ方は人によって大きく違います。
だから、「精神障害のある人はこういう人」と一括りにすることはできません。同じ診断名がついていたとしても、困っていることや得意なこと、必要な支援は人それぞれです。
「できる」と「できない」は、いつも同じではない
精神障害を理解する上で、もう一つ大切なのが、「昨日できたから、今日もできる」とは限らないということです。
例えば、昨日は元気に作業をしていた人が、今日はほとんど動けない。
昨日は人と楽しく話していた人が、今日は誰とも話したくない。
昨日は外出できた人が、今日は外に出ることすら難しい。
そんなこともあります。
これは「怠けている」ということとは限りません。
心の状態によって、できることの量が変わることがあるからです。
私たちだって、元気な日は何でもできます。
でも、疲れている日は何もしたくありません。
精神的な不調がある人の場合、その「できる・できない」の差が、より大きくなることがあります。だからこそ、「前はできたのに」という言葉だけで判断しないことが大切なのです。
「普通」は人によって違う
精神障害について考えるとき、私たちは無意識に「普通」という基準を作ってしまいます。
普通に働く。
普通に人と話す。
普通に外出する。
普通に生活する。
でも、そもそも「普通」とは何なのでしょうか。
毎日朝から元気に働ける人もいれば、午前中はゆっくり過ごしたほうが調子がいい人もいます。大人数が得意な人もいれば、一人で過ごすほうが安心できる人もいます。人との会話が好きな人もいれば、文字でのやり取りのほうが楽な人もいます。
人にはもともと、それぞれ違いがあります。その違いによって、生活の中で大きな困りごとが生まれている場合に、必要な支援を考えていく。
そういう視点も大切なのではないでしょうか。
支援とは「代わりに全部やってあげる」ことではない
精神障害のある人を支援するとき、「困っているなら全部やってあげよう」となってしまうことがあります。しかし、それが必ずしも良い支援とは限りません。
本人ができることまで奪ってしまうと、「自分では何もできない」という気持ちにつながってしまうこともあります。
だからこそ、できることは本人に任せる。難しいところは一緒に考える。必要なときには手を貸す。そして、できるようになったら少しずつ手を引く。そんな支援が大切なのだと思います。
支援とは、何でもしてあげることではありません。
その人が、その人らしく生活できるように支えること。
これが支援の大きな役割なのではないでしょうか。
「理解する」とは、全部分かることではない
精神障害について学ぶと、「相手の気持ちを理解しなければ」と思うかもしれません。
もちろん、理解しようとすることは大切です。
でも、私たちは他人の心を完全に理解することはできません。
だから、「分かった」と決めつけるより、
「どうしたら少し楽になるんだろう?」
「何に困っているんだろう?」
「今は何が必要なんだろう?」
と考え続けることのほうが大切なのかもしれません。
分からないこそ、聞いてみる。
決めつけずに待ってみる。
必要なときには専門家につなぐ。
それも立派な「理解」の形です。
精神障害は、特別な人だけのものではない
最後に、もう一つ。精神障害という言葉を、「自分とは関係ない世界の話」だとは思わないでほしいと思います。
心の調子を崩すことは、誰にでも起こり得ます。
環境の変化、人間関係、仕事、生活上の大きな出来事など、さまざまなことが心に影響することがあります。
だからこそ、精神障害について知ることは、「障害のある人を理解するため」だけではありません。
自分自身を守るためにも、身近な人の変化に気づくためにも、誰かを不用意に傷つけないためにも、知っておく意味があります。
精神障害とは、「変わった人」のことでも、「心が弱い人」のことでもありません。
心や脳の状態によって、日々の生活に困難が生じている人がいて、その人には理解や支援が必要なことがある。
まずは、それくらいのところから知っておくことでも十分だと思います。
そして一番大切なのは、障害を見る前に、「この人は、一人の人なんだ」ということを忘れないこと。
精神障害という言葉の向こう側には、必ず一人の人がいます。
好きなものがあって、嫌いなものがあって、笑うこともあれば、悩むこともある。
夢や希望がある人もいます。
だからこそ、「精神障害のある人」と見るだけではなく、「精神障害があっても、一人の人として生きている」という視点を持つこと。
それが、精神障害を理解するための最初の一歩なのではないでしょうか。

